天使のお散歩
未生希えみがおくる大人の占星術
今夜は、パパとママは泊りがけでお出かけだ。
私も10歳になったんだから、ひとりだって平気だ。
夜遅くまでテレビを見ていたって、誰も怒らないし、アイスクリームをふたつ食べたって大丈夫だ。
だって、私しかいないんだから、何をしても怒られることもない。
自由って素晴らしい。
そんな風に考えながら、リビングのソファに座っていると、パパとママの部屋から、ガタンって、大きな物音がした。
最初は気のせいかと思ったけど、やっぱり、ガタンって音がする。
誰もいないはずの部屋から物音がするなんて、あまりいい気分はしない。
気にしないようにしようと思ったけど、物音は次第に大きくなっている。
私は、胸がドキドキするのを感じながらも、怖い気持ちを奮い立たせて、パパとママの部屋をのぞいてみることにした。
大きな音がしているのは、ベッドの横にあるクローゼットの中。
そういえば、クリスマスの時に飾る、踊るサンタが、この中にあるかもしれない。何かのはずみで、動き出したのだろうか。
それとも、積み重ねていたものが、落ちたのだろうか。
どっちにしても、確かめてみないと、気がおさまらない。
そう思いながら、ゆっくりと扉を開けると、裸の小さな女の子が、すごい勢いで飛び出してきた。
少し汚れたその女の子は怒ったように私に言った。
「あんた誰?」
「誰って、私はこの家の子よ。あなたは?」
「私は、あなたのママが妊娠した時から、ここに閉じ込められてたのよ。やっと出られたわ。で、あんたの名前は?私は、リリー」
「あ、私の名前は、梨々花(りりか)。」
「なんか、似たような名前ね。そんなことは、どうでもいいけど。」
よく見ると、生意気な口調のその子は、小さなお人形のようだった。
髪はもつれて、体中が薄汚れていた。
リリーの話では、ママの4歳のお誕生日に、やって来たそうだ。
ママは、それからずっと、幼稚園以外は、どこに行くにもリリーを連れて行った。
小学生になると、リリーはお留守番することも多くなったけど、勉強机の一番いい場所に、座っていた。
中学生・高校生になってからも、大人になってからも、ママは、リリーを大切にしていた。
裁縫が好きだったママは、リリーのために、たくさんの可愛いお洋服を作ってくれた。
だけど、妊娠してしばらくした時に、この箱の中に閉じ込められて、クローゼットに入れられたんだそう。
リリーはそれから10年の間、この真っ暗な中にひとりぼっちだった。
「とにかく、私の服を探してよ。」
リリーはやっぱり怒っていた。だけど、こんなに小さなお人形の服なんて見たことがない。
私のおもちゃといえば、ぬいぐるみと絵本しかないし、お人形遊びなんて、したことはなかった。
私がそう思いながら、動けずにいると、リリーは、私の腕を引っ張って、家の中を探し始めた。
パパやママのベッドの上、リビングのソファの横や、テレビの後ろ、トイレの中まで探し回った。
それでもリリーが着られるような小さな洋服は、見つからなかった。
しばらく探した後、リリーは、ひらめいたようにこう言った。
「きっと、洗濯機の中だわ。よく、洗濯機の中で回る服を見てたもの。」
リリーは、確信をもっていたようだった。けど、洗濯機には、何も入ってないはず。
そう思いながら、洗面所に行くとなぜか、洗濯機が回っていた。
何だか懐かしい、この感覚。
そう思っているとリリーが、急き立てる。
「私の服はあったの?」
中に何が入っているのかわからず、洗濯機を覗き込んだ。次の瞬間、私とリリーは、グルグル回る洗濯機の渦の中に吸い込まれていった。
洗濯機の中に吸い込まれた私とリリーは、大きな渦の中でグルグル回ったかと思ったら、周囲が水の渦で囲まれた、明るいトンネルのような場所を抜けていった。
水の渦はキラキラして、とても綺麗で、流されているはずなのに、心地いい感じさえしていた。水に囲まれているって、気持ちいい。
どこかで味わったような感覚だ。その感覚に身をゆだねていると、私たちは、何だか懐かしい感じがする場所に放り出されていた。
舗装されていない道路に、肉屋や魚屋、八百屋が並ぶ商店街。薬屋さんの前には、大きなゾウのキャラクターが笑っていた。
食堂の入り口には、古くなって壊れかけたような、食品サンプルが並んでいた。
何だか古めかしい感じがする場所だ。辺りを見回していると、その懐かしい町の風景が、私を歓迎してくれているように感じた。
そして、私の右手には、リリーが握られていて、可愛いピンクの洋服を着ていた。
「いつの間に洋服見つけたの?」
私はリリーに話しかけたけど、リリーは、まるで普通のお人形のように、答えを返してくれることはなかった。
いくら、リリーの顔を覗き込んでも、さっきまでのような憎たらしい表情はなく、本当にただのお人形の姿になっていた。
私は、この不思議は状況を消化しきれないままだったけど、しかたなく、ゆっくりと道を進んでいった。
しばらく歩くと、1軒の家のドアが開き、女の子が飛び出してきて、私はその子と派手にぶつかった。
「痛~っ!」
今日はよく、女の子が飛び出してくる日だ。といっても、さっきは人形だったけど。私と女の子は、お互い、しりもちをつきながら、目を見合わせた。
「あなた、誰?」
何だかさっきもきいたセリフだけど、「あんた」じゃなくて、「あなた」なだけましかもしれない。
私が名前をこたえようとすると、その子が話しかけてきた。
「どこから来たの?この近所の子じゃないよね。」
私は、どこから来たのかを、どう説明すればいいのか迷っていると、その子がさらに続けた。
「ま、そんなことはいいんだけど、今から忘れ物を取りに、公園に行かなくちゃいけないの。一緒に行かない?」
私は小さくうなずくと、彼女と一緒に歩き始めた。
「私は、和子。あなたは?」
和子なんて、古臭い名前だなと思いながら、私は答えた。
「私は、梨々花。そしてこの人形が・・・」と言いかけて、私は右手からリリーがいなくなっていることに気が付いた。
「どうしよう。お人形を持ってたはずなのに!」
思わず私は、大きな声を上げていた。
「私も、公園にお人形を忘れたの。あっちが公園だから、探しながら行きましょう。」
そうして、私と和子は、公園までの道のりの中で、いろんな話をしていた。
「何年生?」
和子に聞かれて、私は戸惑った。
「何年生ってどういうこと?」
和子は少し驚いたように、こう言った。
「学校に行ってるでしょ?」
私は意味がよくわからなくて、こう答えた。
「学校には行ってない。」
「じゃ、幼稚園?」
「ううん、どこにも行ってない。」
和子はさらに驚いたようにこう言った。
「幼稚園にも小学校にも行ってない子もいるのね。」
和子は、納得したようだったけど、私はずっと考え続けていた。
学校ってどういうことだろう。幼稚園って何だろう。
しかし、和子は私の思いなんて、全く気にも留めない様子で、どんどん先へと歩いて行った。
私は、ひとりになるのが嫌で、必死で和子の後を追いかけた。
そして、私たちは、あっという間に公園に着いた。
和子は、滑り台の上もブランコの下も、そしてジャングルジムのあたりも、砂場の中も探し始めた。
公園中を探しても、和子の人形は見つからなかった。和子は、大きなため息をつきながら、私に話しかけた。
「あ~、またお母さんに叱られる。でも、無いものはしょうがないし、ちょっと遊んでいこう。」
私は、初めての公園に、ワクワクしていた。見たこともないような、ゾウの滑り台や、何だか古めかしいブランコ。
だけど、滑り台を滑るのも、ブランコに揺られるのも、風が感じられて気持ちいい。
お日様の下で、風を感じるって、こんな感覚なんだなって思いながら、しばらく和子と遊んでいた。
お日様の香りは、優しくて、木々や花を揺らす風は、私の頬も撫でていった。
初めて感じるような心地よさに、酔いしれていると、公園には、ほかの子供がたくさんやって来た。
私と和子は、その子たちにブランコを譲り、すぐ横のベンチに腰掛けた。
ベンチに座ると、和子は小さなバッグの中から、飴玉を取り出して、ひとつ分けてくれた。
少し大きめの色とりどりの飴玉は、見ているだけで楽しい気持ちにさせてくれた。
そのバッグの中には、飴玉の他にも、いろんな宝物が入っているらしかった。
「宝物見せてほしいな。」
私が言うと、和子はうなずき、バッグの中のものを、ベンチにならべ、私に見せてくれた。
細いピンクのリボンやおはじき、折り紙や小さなウサギのぬいぐるみが入っていた。
その中に小さなオルゴールがあった。蓋を開けてみると、優しい音色がした。
この音色、聞き覚えがある。
ママが大好きで、いつも聞いていたのと同じだ。
リビングのお日様が当たるソファの上で、紅茶を飲みながら、ママはこの音色を楽しんでいた。
私はお腹の中で、この音色をよく聞いていた。
その音色に心を預けて、ボーっとしていると、和子っていう名前が、ママと同じだということにも、気が付いた。
もしかして、和子ってママの子供のころなのかもしれない。
唐突にそう思いついた自分が信じられなかった。
だけど、そう考えたら、古めかしい町も、看板も、納得ができた。
和子はママの子供のころだ。
ということは、私は過去にタイムスリップしたってことなのだろうか。
今日は、何年何月何日だろうと考えていると、すごくいいタイミングで、夕刊を配達している人の自転車が目の前にとまった。
そのカゴに積んである新聞から見えた日付は、30年前のものだった。
やっぱりここは、ママが子供だった時代っていうことなのだ。
非現実的なことだけど、洗濯機の渦を通って来たのだから、そのくらい不思議なことなんて、普通に起こりそうだ。
そう気づき始めた時、和子が小さな人形を抱きしめ、声を上げた。
「こんなところにあった!私のリリーちゃん。」
その人形は、私と一緒にこの世界にやって来た、リリーだった。
やっぱり、和子はママだ。
そして、リリーは、子供時代のママのお人形だったのだ。
想像を超える出来事に、頭がついていかず、あれこれ考えていると、リリーは、ウインクをして、和子の小さなバッグの中に入っていった。
もしかして、リリーが私をこの町へ連れてきてくれたのだろうか。
だとしたら、リリーはなぜ、私と子供時代のママを会わせたかったのだろう。
もっと、リリーに聞いてみたいことがあったけど、和子のバッグに入ったリリーは、ただのお人形になっていた。
少しずつ辺りが夕焼け色に染まり始め、きれいな夕日が、目に入った途端、太陽は高速で落ちていき、辺りは真っ暗になった。
何も見えないし、何も聞こえない世界。
手さぐりで、何かを触ろうとしても、何も感じない。
大声を出しても、その声も聞こえなかった。
こんな真っ暗の中で、和子はどうしているのだろう。
また、リリーが何かいたずらをしているのだろうか。
今までに体験したことがないような、真っ暗闇は、次第に私の全身の感覚を奪っていった。
私はどこに閉じ込められてしまったのだろう。
全身の感覚はマヒしていったけど、どこかに落ちて行っているような感じだけは残っていた。
ゆっくりと落ちていくにつれ、辺りがうっすらと見えるようになった。
そして、体の感覚も少しずつ取り戻していった。真っ暗だけど、すごく怖いとか嫌だという感じはない。
私はどこに連れていかれるのだろう。
ずっと落ち続けていた私は、フワッとどこかに着地したような気がした。
すると、眩し過ぎるくらいのライトが、辺り一面を照らした。
ジェットコースターや観覧車、メリーゴーランド。
絵本で見たような遊園地の世界が広がっていた。
私はひとりぼっちで、見知らぬ遊園地の中にいるらしかった。
辺りを見回しても、他に子供も大人も誰もいない。
和子はどこに行ってしまったのだろう。
もしかしたら、和子は別の世界へ行ってしまったのだろうか。
どうしようかと考えていると、大きなクマのぬいぐるみがやって来た。
「どの乗り物も、乗り放題!全部に乗ったっていいんだから。」
今度は、なぜ、ひとりぼっちで遊園地にやって来たのだろう。
全部に乗ってもいいっていったって、ひとりじゃ楽しくもない。
普通は、遊園地って、家族とくるものじゃないかな。そう思ったとたん、私の周りに、3人の男の子たちがやって来た。
「僕たちと一緒に遊ぼうよ。」
そう言い終わるか終わらないかのうちに、その中の一人が、私の手を引っ張って、メリーゴーランドへと走っていった。
この男の子たちは誰だろうって考える暇もなく、私は、こけそうになりながら、その子たちが走る方向へと、ついていくしかなかった。
もう、こうなったら楽しむしかない。
メリーゴーランドの前に来た私と3人の男の子は、どれに乗ろうか、目移りしていた。
私は、お姫様が乗るような馬車に乗り、男の子たちは、馬へとまたがった。
そのメリーゴーランドは、私たちが乗ると、音楽が鳴り始め、ゆっくりと動き始めた。
だけど、何週も廻り続け、止まる気配がなかった。
そして、回るたびにだんだん早くなっていく。
このまま乗っていたら、きっと目が回っちゃう。
すると、男の子のひとりが叫んだ。
「ここから抜け出したかったら、大きな声でチェンジ!叫ぶんだ。」
私は、だんだん回転が速くなるメリーゴーランドが怖くなって、思いっきり叫んだ。
「チェンジ!」
すると今度は、観覧車の中に飛ばされていった。
観覧車は、ゆっくりと動きながら、窓から様々な景色を見せてくれた。
観覧車の動きに合わせて、見える景色が変わるというよりは、まるで紙芝居のように、次々と窓の景色が切り替わっていった。
右と左では、景色も全く違うものになっていた。
観覧車の中にあるらしいスピーカーからは、景色の解説が流れていた。
「右に見えるのが、江戸時代です。」
「左は、30年後の世界です。」
その観覧車が見せてくれるのは、周囲の景色ではなく、時の流れの中の様々なシーンだった。
江戸時代や室町時代が見えたかと思うと、5年前とか10年後みたいな、近い過去や未来も見せてくれた。
だけど、5年前や110年後って、いつを基準にしているのだろう。
そもそも、ここが、いつの時代なのかもわからなかった。
もしここが、さっきと同じで、ママが子供だった時代だとしたら、30年後って、今の私が住んでいる世界かもしれない。
ここはいったいどこで、いつの時代なのだろうと、同じ疑問が繰り返しわいてきた。
時間も場所も、一瞬で移動してしまうから、何が何だか、わからなくなっていた。
そんなことを考えていると、男の子たちが「シャボン玉で遊びたい。」って口々に叫んだ。
その叫び声と共に、私たちは、あっという間に観覧車の中から浮かび上がり、地面へと降りて行った。
そこは、色とりどりの大きなシャボン玉が飛ぶ、不思議な場所だった。
シャボン玉の中には、いろんな体験が入っていて、その世界を楽しむことができるのだそう。
もしかしたら、また時代も空間も超えてしまうのかもしれない。
私はいったい、いつになったら元の世界に戻れるのだろうか。
「僕は、このシャボン玉に入るよ。」
「僕はこっちにする。」
男の子たちは慣れた様子で、お気に入りのシャボン玉を見つけて、その中に入っていった。
「君も、好きなシャボン玉の中に入ったらいいよ。」
3人目の男の子はそういうと、一番大きなシャボン玉の中に、消えていった。
私は、どうしようかと考えながら、大小の様々な色のシャボン玉の中を歩いていた。
その中に、真っ白なとても美しいシャボン玉があった。
私は、真珠のように輝いている、その真っ白なシャボン玉に入ることにした。
このシャボン玉の中には、どんな世界が待っているのだろう。
どんな時代で、どんな場所なのだろう。
少し怖いような気もしたけど、きっと素敵な場所に運んでくれるようだと感じていた。
真っ白なシャボン玉の中に入ると、とても美しい景色が広がる岬だった。
そこには、小さなチャペルがあり、結婚式ができるようだった。
結婚式か。
私も大人になったら、誰かと結婚するのかな。
きっとパパみたいな優しい人を選ぶのだろうな。
目の前に広がる景色に心を奪われながら、幸せな気持ちになっていると、突然背後から声がした。
「梨々花、こんなところにいたのか。そろそろ、支度する時間だよ。」
優しい男の人が声をかけてきた。
支度って何だろう?私は、意味が分からないまま、その男の人についていった。
きれいな部屋に着くと、そこには大きな鏡があった。
映し出された私の姿に、びっくりしすぎて、声も出なかった。
鏡の中の私は、20代くらいの、綺麗な女性の姿だったからだ。
自分で綺麗だなんて、言いすぎだけど、素直な感想だった。
どうやら、私はこれから、あの小さなチャペルで、この優しい男の人と、ふたりきりの、結婚式をするらしかった。
私のために準備されていたドレスは、美しいレースやキラキラしたビーズがちりばめられてはいるが、決して派手ではなく、とても上品なものだった。
お姫様のような派手なドレスとは違うけど、大人になった私には、そのドレスがとても似合っているように思えた。
ドレスに袖を通す瞬間、心臓は喜びのリズムで鼓動した。
お嫁さんになる瞬間って、誰でも、こんなにも幸せな気持ちになるのだろか。
愛する人と結ばれることは、これ以上ないくらい幸せなことなのだ。
ママもお嫁さんになる時、こんなに嬉しい気持ちになったのだろうか?
パパに手を引かれながら、綺麗なドレスを着たママも、きっと幸せだったに違いないと確信した。
私は、さらに幸せな気持ちに包まれていた。
ちょうど、夕陽が岬に沈むころ、私とその男の人の、結婚式が始まった。
周りには、祝福してくれるたくさんの動物たちや森の精霊たちがいた。
私たちは、チャペルへと向かい、幸せの鐘を鳴らして、愛を誓った。
その後は、時がたつのも忘れて、美味しいものを食べ、楽しいおしゃべりをして、みんなでダンスを踊った。
この時間が永遠に続くような気がしていたけど、楽しいパーティーは、月が現れると共に、突然終わりを告げた。
私は、あっという間にもとの、10歳の私の戻り、ソファの上へと投げ出された。
辺りを見渡すと、見慣れたリビングルームだった。
アイスクリームをふたつ食べるはずが、うたた寝をしちゃったみたいだ。
またあのころの夢を見ていた。
私がママのお腹の中にいたころの、時空を超えた不思議な体験。
小さなママと遊んだかと思うと、突然、遊園地に瞬間移動して、見知らぬ男の子たちと遊んで、今度は、知らない男の人と、愛を誓っていた。
本当の人生は、こんな風に時空を移動するわけじゃないらしいけど、楽しいことや嬉しいことがいっぱいなんだろうな。
こんな風に時間を過ごせるなら、人生って素晴らしいものにちがいない。
お腹にいる赤ちゃんが、こんな風に人生を疑似体験するってこと、みんな忘れちゃっているのだろうな。
もっとも、すべての赤ちゃんが、似たような体験をするわけじゃないけどね。
私は、この時間が至福だった。
お腹の中とはいえ、体を持ったから許された体験だ。
空の上から見ているだけじゃ、これだけリアルな体験はできないことになっている。
ホントに、体を持つ時間って素晴らしい。
この時空を超えた人生体験は、パパとママが与えてくれた宝物だ。
まだボーっとして、ソファに横たわっていると、玄関の鍵が開く音がした。
パパとママが帰ってきた。私は慌てて、ママがお腹を撫でる写真の中に戻る。
リビングの一番日の当たる場所に飾られている、大きなお腹のママと、その横で笑顔を浮かべるパパ。
もちろん、そのお腹の中にいるのは私。
今年のお墓参りは、どんな感じだったのだろう。
どんなことを語りかけてくれたのかな。
ちゃんとお空に戻ったら、その場面を再生してみよう。
リビングでは、パパとママが何か話している。
「あれから10年か。過ぎてみるとあっという間だね。」
ママが、私の写真を眺めながら、静かに呟いた。
パパはママの肩を抱きながら、ただうなづいていた。
「私ね、あの子を妊娠中に、不思議な夢を見たことがあるの。子供のころの私が、同じくらいの年になったあの子と、公園で遊んでいる夢。今まで、思い出したことなかったんだけど。」
すると、パパが驚いたようにこう続けた。
「実は僕も、あの子と遊んだ夢を見たことがあるんだ。遊園地で、兄さんたちと一緒に。あの子を抱くことはできなかったけど、きっと、心の中に生まれてきてくれたんだよ。」
私の体験は、パパとママにも夢を通して、共有されていたのだと思うと、ますます嬉しい気持ちになっていた。
たとえ夢の世界でも、私とパパとママは、同じ楽しい時間を過ごしたことがあることがわかって。
私はママのお腹にいる時間、人生っていうもののエッセンスを楽しむことを、許されていた。
今回は、産まれるっていう体験をしないで、胎児でいる間、人生のエッセンスを体験するコースだ。
そして、パパとママに、命について考えるっていうテーマを持ってくるっていう役割もあった。
役割は、ちゃんと果たせたのかな。
パパとママは、私が生まれなくて、とっても悲しんだし苦しんだ。
ママはしばらくの間、自分を責め続けていた。
体から離れたばかりのころは、私もその思いを感じて辛かったけど、ゆっくりと、空に帰る間に、ちゃんと思い出していた。
私が生まれなかったのは、計画のひとつだ。
パパとママも、お空に帰ってくれば、この出来事を経験することを自分で決めたって、思い出すだろう。
だけど、体を持っている間は、いろんな感情を味わう。それが生きるっていうことだから。
まだまだ、ずっと未来だけど、こっちでパパとママと会ったら話したい。
お腹の中にいた間、すごく、すごく幸せだった。
いろんな不思議な体験もしたし、毎日話しかけてくれる、パパとママの声が大好きだった。
お腹の中にいるって素晴らしい。
愛されているって素晴らしい。
体があるって素敵なことだ。
短い間だったけど、パパとママを選んで、本当に満足している。
そして、パパとママに会えたら、きっとギュって抱きしめちゃう。
そして、伝えたい。
「私をお腹に迎えてくれてありがとう。」
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