味のしないお味噌汁

味噌汁を作りながら、思い出すことがある。

それは、誰もが予想できないような、私のおいしい記憶。

当時、私はシングルマザーで、息子たちと暮らしていた。

年子の息子たちが、まだ小学校2年生と3年生だった頃のこと。

私は久しぶりに風邪をひいて、高熱にうなっていた。

頭痛もひどく、風邪薬と鎮痛剤を飲んで、ベッドにうずくまっているしかない状況だった。

夕食の時間になっても、起き上がれないほど体が辛く、息子たちには、近所のお弁当屋さんで、夕食を買うように言って、お金を渡した。

買い物から帰ってきた息子たちは、キッチンで何かをしているようだったが、私は風邪薬が効いてきたようで、うとうとしていた。

どれくらいの時間が経ったかわからないが、息子たちが、ゆっくりと私の部屋に入ってきた。

「おかあさん、ご飯食べる?」

熱も少し下がってきた私は、ベッドからゆっくりと起き上がって、少し息子たちと話した後、キッチンに向かった。

「おかあさんに、何か買ってきてくれたの?」

そう尋ねると、長男と次男が、次々にこう言った。

「お熱の時は、ポカリがいいんよね。プリンもあるよ。」

何度も入院の経験がある、次男は、自分が熱が出たときに、食べられるものを選んでくれたようだった。

「元気が出るように、カツ丼にした。」

病気とは無縁の長男は、自分が元気をつけるときに、食べたいものという選択だったようだ。

カツ丼とポカリ、プリンが並んだ食卓には、お味噌汁も並んでいた。

ガスは危ないので、日ごろから使わせていなかったけど、私は仕事で帰るのが遅くなることがあったので、電子レンジの使い方だけは教えていた。

彼ら特製のお味噌汁は、見た目は、豆腐とわかめのお味噌汁で、ほのかな味噌の香りもしていた。

一口飲んでみると、とてもぬるく味もしなかった。

お水をレンジでチンしたか、水道から出る熱湯で、作ったようだった。

豆腐を食べてみると、中はまだ冷たく、わかめはとても硬かったのを覚えてる。

レンジでチンしたか、蛇口から出るぬるま湯に、少しの味噌を溶かし、そこに乾燥ワカメと豆腐を入れたのは明らかだった。

お味噌汁を作ったことがない彼らは、普段、食べているお味噌汁を再現しようと、知識を総動員したに違いなかった。

だけど、そのお味噌汁をゆっくりと飲みながら、私の心は温まっていった。

人生の中で、こんなにも記憶に残るお味噌汁は初めてだ。

今は、息子たちも独立して、一緒に食卓を囲む機会も年に数回だ。

そして、息子たちが帰省するとき、豆腐とわかめのお味噌汁を作りながら、あの日のことを思い出す。

ぬるくて味のしないお味噌汁が、とっても温かくて、心が満たされていったこと。

味のないお味噌汁は、私の最高のおいしい記憶だ。