古代の色彩を取り戻せ

2時間目は、古代の歴史、今日は色彩の授業だ。

僕はこの授業が嫌いだ。

答えがひとつしかない、数学や物理と違って、わけのわからない感情というものを、学ばなくちゃいけないからだ。

しかも、それは人によって違うらしい。

この授業のもっともあり得ないところは、人と会うというオフライン授業が1週間もあるところだ。

昔は、電車とかバスとかいうものがあって、人と会うことは普通だったらしいけど、今どき、この授業以外で、人と会うなんてことはない。

新しい体験は、創造性を育てるっていうけど、そんなの数人の人に会うより、世界の著名人や、歴史上の人物の頭の中を、捜索するほうが、ずっと価値があるはずだ。

憂鬱な気分で、スクリーンを開く。

今の時代は、一人一人がスクリーンを持っていて、どこでも呼び出せるし、誰とでもつながることができる。

スクリーンを通して、何でも必要な情報は得られるから、古代人のように、人と直接会って話すなんていうことも必要ない。

目に触れたものが知らないものなら、リサーチグラスをかければ、その情報は一気にダウンロードされ、要約されて届けられる。

だけど色彩の授業の時は、自分の目で見て感じるっていうことをするから、疲れるらしいのだ。

去年、この授業を受けた先輩たちの中には、将来、色彩を取り戻す仕事をしたいと言っていた人もいたけど、正直、ありえない。

個人個人にカスタマイズされた、この部屋の中で、温度や湿度、日差しの強さや、食事や運動のタイミングまで、決められているから、快適に過ごせるのだ。

ちょっとでも基準値を超えると、瞬時に是正してくれる。

何の心配もなく過ごせるように、進化してきたのだ。

なのになぜ、また不自由な古代に、戻る必要があるのだろう。

それだけじゃない。例えば、色彩と結びついている感情は、怒りや悲しみ、喜びや楽しみといったもので、それが、人の行動を操っていたらしい。

そして、感情は時に思考を制御し、もっともふさわしくない行動をとることさえあったのだという。

そもそも、その感情というものも、よくわからないけど、怒りという感情があるのに、笑顔を見せるということは、普通だったらしい。

昔、おばあちゃんが、自分のおばあちゃんから聞いたと言って、話してくれた。

その日の感情によって、どんなものを、身にまとうのかも決めていた。

洋服という名前のもので、色彩がふんだんに使われ、毎朝の大切な選択だったらしい。

そんなのナンセンス。時間の無駄遣い以外の何ものでもない。

現代では、身にまとうものは、生まれたときから、この真っ白な同じ形のものだけだ。

いくつになろうと、どんな状況であろうと、それは変わらない。

感情というものに振り回されるなんてこともない。淡々と日々を送るだけだ。

とうとう、色彩のオフライン授業の日がやってきた。

初めて乗り込むバスは、思っていたより、座り心地がよかった。

いつもは、目をつむって、空間に漂いながら1日を過ごすけど、ここでは、自分の足で歩いて、自分の目で見るという、とても大変な日が始まるのだ。

ここから、古代の町まで、24時間以上かけて移動する。

バスの中では、古代の町の地図を確認し、1週間滞在する家族という集団について、学ぶ時間が設けられていた。

にこやかに笑っている夫婦という単位、そして、自然出産で生まれたという、子供たち。

自然に出産するなんて、命の危険があること、今の時代じゃ考えられない。ここで、1週間も過ごすのかと思うと、気が重くなった。

「さあ、みんな、そろそろ到着よ。」

先生の声がした。私は窓のカーテンを開け、外を眺めて、びっくりした。

今まで見たこともないような世界が、拡がっていたからだ。すぐさま、リサーチグラスをかける。

次々に新しい情報が飛び込んできた。この緑に覆われたものは、樹木というらしい。

そしてこの色は緑という名前で、リラックス効果があるらしかった。

いや、いつもの部屋で漂っていると、リラックスなんて、わざわざ必要ないだろうと思いながら、次々に目に飛び込んでくるものと、色彩の意味を詰め込んでいた。

「こんなものがテストに出たら、きっと落第だな。」

そんなことを考えていると、先生からのアナウンスが入ってきた。

「みんな、今日からは、リサーチグラスは外して、自分の目で見て感じること。」

目で見て感じるっていったって、何が正解なのかわからないじゃないか。

ほとんどの生徒が、そんな風に反応していた。そして、僕たちのオフライン授業は始まった。

「色彩のある世界の実習、良かったみたいですね。みんな、こんなにいい感想を書いていますよ。きっと、将来この道に進みたいと思う子もたくさんいるんじゃないですか?」

若い先生が、興奮したようにしゃべる。

私だってそうなってほしい。

だけど、この子たちの多くも、大人になるころには、この日の感動は忘れて、現実的な道を歩むことになるだろう。

「そう望んでこの仕事を始めたけど、そう簡単にはいかないよ。君たちの学年のことを、思い出してみて。オフライン授業の後は、色彩を取り戻すことに、強い興味を示した子も、結局この仕事を選ばなかっただろう?」

「そうかもしれないけど、この子たちのレポート見てください。きっと、この子たちは将来、私たちと一緒に色彩を取り戻す仕事に就くと思います。」

 

オフライン授業が終わった。

最初は、嫌でしかたなかったけど、終わるころには、何だか今まで感じたことがないような気持になった。

家族の誰かが「淋しくなるわね」といった。

これが淋しいという感情なんだ。その感情は、青色をしていた。

最初の食事の時、こういわれてすごく驚いた。

「何が食べたい?」

今日食べるものなんて、朝のボディスキャンで決められているから、何を食べたいかなんて、考えたことがなかったからだ。

畑という場所でとれたという、色彩に富んだ野菜。

授業では学んでいたけど、実際に見ると、すごく輝いて見えた。

母といわれる人が、いろいろと教えてくれた。

「赤いお野菜を食べると、元気が出るわね。」

「緑色のお野菜は、体の調子を整えるのよ。」

食事は毎回、いろんな色の野菜が並んでいた。

リサーチグラスが使えないから、成分は全く分からなかったけど、赤い野菜を食べると、元気になるような気がした。

そして、夜はゆっくり休めるようにと、水色のパジャマという洋服が準備されていた。

水色は体の働きを落ち着かせ、いい眠りにつけるのだそうだ。

1週間が終わるころには、色彩のある生活での、自分でいろいろなものを選ぶという楽しさを、感じ始めていた。

あれだけ嫌だった色彩のオフライン授業だけど、もう少し、この世界にとどまって、いろんな色を体験してみたいと思うようになっていた。

太陽の恵みで作られる自然の野菜を食べ、その日に着る服を自分で選んで、自分の足で歩き、今まで感じたことがないような、ざわざわした感じを経験した。

それは、嬉しさ、喜び、驚きなどという、感情であることも理解し始めていた。

だけど、不思議だった。今まで全く触れたことがなかったものに、なぜ、こんなにも短期間でなじむのだろう。

もしかしたら、色彩には、時空を超える何か、もしかしたら、それ以上のものがあるのかもしれないと、感じていた。

研究室のデスクで、あの日のことを思い出していた。

色彩のある世界に感動し、しばらくは色彩のことばかり考えていた。

将来、色彩を取り戻す仕事をしたいと思ったものの、それを仕事にするのは、簡単ではなかった。

それでも、今、色彩を取り戻すことを研究し、古代の歴史の色彩を教えているのは、あの日に触れた、心の温かさを忘れることがなかったからだ。

「あなたたちには、心の温かさがあるのよ。自分で感じる力があるの。だって、同じDNAを受け継いでいるんだから。」

私を担当してくれた、おばさんの言葉が、聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 






Healing Space Cynthia シンシア
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