「同じ職業だからわかる」は、本当に安心になる?

みぶきえみです。



「経験者は語る」という言葉があるけれど、経験は、ときにその人を見る前提にもなる。
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同じ職業だからわかる。
同じ経験をしているからわかる。
心理を学んでいるからわかる。
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もちろん、それが助けになることもある。
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でも、その経験や知識が強いほど、無意識に一般論に当てはめてしまうこともある。
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「医療者ならこう感じるよね」
「こういう経験をした人は、こう考えるよね」
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そんな風に。

以前、医療者専門のカウンセリングを受けたことがあります。
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同じ職種なら話が早い。

説明しなくても伝わる。
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そう思っていました。
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でも実際は、少し違いました。
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「医療者だから、こう感じますよね」

「現場では、こういうことがありますよね」
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そんな前提で話が進む場面が多くて、私は少し息苦しくなってしまったのです。
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もちろん、悪気があったわけではありません。
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むしろ、「同じ職業だからこそ理解できます」という善意だったのだと思います。
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そのわかる感が強すぎて、自分の言葉にする前に、先回りされてしまい、誘導されている感じを受けました。
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私は、
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「私はそうじゃないかもしれない」

「まだ自分でも何を感じているのかわからない」
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そんな曖昧な場所を、一緒に見てもらいたかったのです。
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その経験があったからこそ、えみさんと話したときのことが印象に残っています。
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話している間、一度も「わかってもらおう」と頑張らなくてよかった。
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決めつけられる感じも、答えを急がれる感じもありませんでした。
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押しつけられないのに、ちゃんと理解してもらえている感じがあったのです。
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だから後になって、えみさんが看護師だったと知ったときは驚きました。
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ああ、専門性があることと、その専門性を前面に出すことは、まったく別なんだな、と。
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「私には、あなたのきもちがわかる」ではなく、
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「あなたはどう感じている?」
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その姿勢を感じて、安心して本音を言えたのかもしれません。
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理解できると言われるよりことより、理解しようとしてもらえること。
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私が安心したのは、たぶんその違いだったのだと思います。

本当に知らなくちゃいけないのは、「人はこう感じる」じゃなくて、「この人は、どう感じているのか」だ。
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わかると急がず、理解したつもりにもならず、その人の言葉を待つ。

新人看護師の頃、ある患者さんにこう言われたことがある。

「患者が『痛い』と言ったら、痛いんだなと思える看護婦になれ。」

その時は分からなかったけど、この短い言葉に込められているのは、相手の気持ちに寄り添うっていう、教科書的には当たり前のこと。

相手が、どう思っているのか、何を感じているのか、それを、知りたいと思う気持ちを忘れちゃいけない。
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安心は、そんな姿勢の中で生まれるのかもしれない。




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